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【 支部指導句会訪問レポート】≪南信濃支部≫

2026年7月2日~3日 主宰は南信濃支部指導句会のため長野県茅野市を訪れました

南信濃支部は矢﨑すみ子支部長の熱心な活動のおかげで、このほど新規の会員が増えています

俳句に興味を持ち、その中でもご縁がつながり仲間となっていくこと、

当たり前ではないこのご縁に本当に感謝しています

南信濃支部指導句会レポートは、新しく仲間となりました (俳号)釈快空様よりお寄せいただきました

 

令和8年7月2日(木)主宰をお迎えし、恒例の主宰指導句会での吟行が行われました。前の週にダブルの台風が列島を舐めるように通過し、梅雨前線による小雨が時折降る中、主宰と8名の会員にて今回の吟行地である高遠方面へ向かいました。

今回は、大奥最大のスキャンダルとして名高い「江島生島事件」の大奥御年寄「江島」が流罪先の高遠藩で27年もの間、幽閉された“囲み屋敷”とその墓(蓮華寺)、武田勝頼の生母である諏訪御料人や初代高遠藩主の保科正光及びその父の墓(建福寺)、数奇な運命を辿りながらも徳川幕府を支え続けた名君の誉高い保科正之公が幼少期から青年期の19年を過ごした高遠の地を巡るという歴史好きには堪らない旅です。

 大正5年に田山花袋一行が紀行の途中立ち寄った高遠蓮華寺で、戒名を手掛かりに夏草の中に埋もれ倒れていた江島の墓石を掘り起こしたことで、再び江島が人々の注目を浴びることとなりました。歌人の斎藤茂吉等多くの歌人がここを訪れ和歌を詠んでいます。現在では墓は整備され、「女人成仏」と刻まれた立派な江島の像も建てられています。この後、建福寺の諏訪御料人他の墓に立ち寄りました。

 「江島の囲み屋敷」は屋敷の跡地に、近年になって当時の図面を元に復元されたもの。普段は中を見ることが出来ないのですが、偶然社会科の授業を兼ねて見学に訪れていた三宅島(生島の流地)の小学生一行が特別に屋敷内部に上がることが許され、我々もそれに乗じて内部を見る事が出来ました。これも江島と生島が結んでくれた不思議なる一期一会の縁と感じ入る吟行の一行でした。この後、時折霧雨が舞う中、かって織田勢と武田勢が死闘を繰り広げ、その後高遠藩の居城となった高遠城址を訪れ、若き保科正之が暮らしたと言われる曲輪跡に思いを馳せつつ、提出句の題材を求めて暫しの散策に時間を割きました。

 吟行を終えた夜は蓼科の宿で主宰を囲んでの食事会です。諏訪の銘酒の効果もあり、主宰からお聞きする沖のこれまでの歴史や全国の支部の様子に興味が募るひと時となりました。

 翌日の主宰指導句会の会場は、昨年に続き蓼科山聖光寺のご好意によりお借りした道場です。今年支部に加入した(フレッシュな?)新人7名を含む10名での句会は、丁寧な説明を交えて頂きながらも、真剣な意見が飛び交う有意義なものとなりました。

多忙なスケジュールの中、1泊2日の指導句会に足をお運び頂いた主宰に感謝すると共に、句会を企画して頂いた南信濃支部幹部の皆様ありがとうございました。又、来年も楽しい指導句会とするべく新人一同日々精進したいと思います。』

釈快空様 ありがとうございました。

【吟行風景】

【句会風景】

 

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